大判例

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東京高等裁判所 昭和25年(ラ)199号 決定

本件抗告理由の要旨は、本件仮処分命令申請事件について、原裁判所は昭和二十五年八月三十一日抗告人等(申請人等)の申請を相当の理由あるものと認め、「被申請人羽田精機株式会社は申請人等に対し別紙目録記載の未払賃金並に退職金特別手当金等を支払わなければならない。」(目録省略)との仮処分決定をなしたが、その後同年九月六日右決定中に誤謬ありとして、本件について昭和二十五年八月三十一日なした決定の主文中「支払わなければならない」とあるを「支払わなければならない地位にあることを認める」と更正するとの更正決定をした。しかし

一、決定命令中に存する違算、書損その他これに類する明白な誤謬は、申立又は職権をもつて何時でも更正しうるものであるが、その誤謬は、意思と表現(又は表示)とが合致しない場合を指すものであつて、事実上あるいは法律上の観念のような意思そのものに誤のある場合、法律の解釈、適用を誤り事実の認識を誤つた場合等は更正決定によるべきものではない。

二、本件仮処分決定は、抗告人等の申請を相当と認めて「支払わなければならない」と口語体で表示したもので、その表示には何ら誤謬がある筈がない。「支払わなければならない」と表示したものが文語体における「支払うべし」と同一であるなしの解釈問題は、事実の認識、法律の解釈、観念そのものの誤であつても外部の表示そのものの誤ではない。

三、金銭的給付を命ずるような申請人の満足を目的とする仮処分の当否については、学者間に議論があるけれども、仮の地位を定むる仮処分においてかかる仮処分をなしうることは今や通説となつており、裁判上においても認められているところである。

四、給付を命ずる仮処分も仮の地位を定める仮処分に外ならないのであつて、かかる仮処分はまず被申請人の支払義務ある地位を仮りに確認し、しかる後になされるものであるから、「支払わなければならない」との仮処分には「支払わなければならない仮の地位の認定」が含まれているわけであつて、更正決定によつて仮の地位のあることを附言することは無意味である。

五、仮りに「支払わなければならない」とは給付を命ずる趣旨であり、「支払わなければならない地位にあることを認める」とは給付を命ずるものではなく、単に支払うべき地位にあることを確認するに過ぎない趣旨であるとすれば、それは心裡上の解釈の問題であつて表示上の誤謬ではないから、更正決定をもつて訂正することは失当である。

要するに本件のような給付遅延による現存の危険の防止を目的とする仮処分は、どこまでも仮の地位を定めるものであり、支払わなければならない仮の地位を認める以上、支払を命ずべきであることは当然であつて、給付を内容とする仮処分決定送達後、決定に誤謬ありとして「地位にあることを認める」と謂うような字句を追加訂正することは不当であり、却つて決定の趣旨を不明確ならしめ執行する者をまどわすものであるから、本件更正決定は不当としてこれを取消す旨の裁判を求めると謂うにある。

按ずるに本件記録によれば、原裁判所が本件仮処分命令申請事件について、昭和二十五年八月三十一日抗告人等主張の趣旨の仮処分決定をなし、次いで同年九月六日同人等主張の趣旨の更正決定をなしたことは明らかである。よつて右仮処分決定に謂う「支払わなければならない」と更正決定に謂う「支払わなければならない地位にあることを認める」との語義の異同について考えて見るに、「支払わなければならない」と謂う語義必ずしも明瞭でなく、「支払わわなければならない地位にあることを認める」との意義に解せられないこともないが、右は文語体における判決決定等の主文に給付を命ずる場合に慣用されている「支払うべし」と謂うのと同意語に使用されることが通例のようである。(大阪地方裁判所昭和二十五年三月二十五日判決、神戸地方裁判所昭和二十五年三月二十八日判決、下級裁判所民事裁判例集第一巻第三号参照)しかも本件記録中の仮処分申請書によれば、本件仮処分申請の理由は、抗告人等(申請人等)は被申請会社に勤務していた者であるが、同会社は営業不振で昭和二十四年夏以来賃金不払がちであつたので、各自生活上の困難と将来に対する不安のため、昭和二十五年五月から八月までの間にそれぞれ退職したが、同会社は抗告人等に対し未払賃金並に退職金特別手当金等の債務の存在を承認していながらこれが支払をしないため、抗告人等は他に負債を生じ生活に困難を極めているので、右金員の支払を求めるため本訴の提起を準備中であるが、判決を俟つていては現在の生活が脅やかされるから、被申請会社は抗告人等に対し右金員を支払わなければならない旨の仮処分を求めると謂うにあることが明らかであり、原裁判所が右申請を理由あるものと認めて仮処分決定をした事実に照合すれば、右決定に謂うところの「支払わなければならない」とは給付を命ずる趣旨であると解するを相当とする。(もつとも金銭の給付を命ずるような申請人の満足を目的とする仮処分、殊に本件のように一囘の給付によつて消滅すべき債権について給付を命ずる仮処分は許容すべきでないとの学説があるのであるが、もし原裁判所がこの学説を採るものとすれば給付を命じない仮処分は申請の目的を達するに必要な仮処分と謂うことができないから、抗告人等の右仮処分命令申請を却下すべきであつたと思われる。)一方更正決定に謂うところの「支払わなければならない地位にあることを認める」との語義は、単に支払うべき地位にあることを認めた、謂わば確認的のものであつて、給付を命ずる趣旨でないものと解するを相当とする。さすれば両者はそのことばに差異があるばかりでなく、その法律上の効果においても差異あるものと謂わなければならない。そして判決決定等の更正は単に違算、書損その他これに類する明白な誤謬を更正する場合に限らるべきものであつて、その誤謬とは判決決定等に表示した意思又は観念が正しく外部に表示せられない場合、即ち心裡と表示とが一致しない場合と解せられる。しかもその表示に誤謬あることが判決決定等の全趣旨、その基本となる訴訟資料、判決、決定文の前後の関係、訴訟の経過、調書の記載又は算数上等から明白に認められる場合でなければならない。従つて原裁判所が、仮りに本件仮処分決定主文に「支払わなければならない」とある次に「地位にあることを認める」と謂うことばを逸脱したものであつて、意思と表示の一致を欠いたものであつたとしても、その不一致が決定文自体からも本件記録からも容易に看取しえないのであるから明らかな誤謬であると謂うことができない。又仮りに「支払わなければならない」とは「支払わなければならない地位にあることを認める」との趣旨であつたとしても前述のように両者は異つた意義に解せられるものである以上これを単に誤謬として更正することは許さるべきでない。又仮りに「支払わなければならない地位にあることを認める」との趣旨は、支払わなければならない仮の地位を定めて支払うべきことを命じたものであつて前認定の「支払わなければならない」との語義を布えんしたに過ぎないものとすれば、却つて更正によつて決定の趣旨が不明瞭になり、その執行についても疑義を生ずる惧れなしとしないから、右更正は不当であると謂わざるを得ない。さすれば原裁判のなした本件更正決定はいずれにしても不法もしくは不当であつて本件抗告はその理由あるものと謂わなければならない。

よつて原決定を取消すべきものとし主文のとおり決定する。

(裁判官 柳川昌勝 浜田宗四郎 菅野次郎)

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